2025/12/10

ブログ再開

ブログの更新、7カ月も滞ってしまいました。


4月末に、父が他界し、ごたごたしておりました。

ごたごたした中、父の法要で、お坊さんに頂いた言葉がとても印象的でした。



ご家族は苦労なさったと思います。

ですが、それは〇〇さん(父の名前です)からの思いやりです。

ご遺族の方は、故人に対して、やってあげられなかったことに後悔の念を持つものです。

〇〇さんは、ご家族がそのような後悔をしないように、最後にたくさんの面倒を見させくれました、苦労をさせてくれたのです。

それは、〇〇さんからの思いやりです。



父は晩年に認知症になり、そのことで、家族のそれぞれが大変な思いをしました。

わたしの実家は田舎です。田舎の人はネットワークが濃いので、なんでも筒抜けなものです。

そのお坊さんも、たぶん、わたし達家族の事情を慮って、そのような言葉をかけてくださったのだと思います。



ちょっと残念なのは、お坊さんの言葉を頂戴していたときに

隣に座っていた姉が、わたしに耳打ちしたのが

「この坊さん、お父さんのパチンコ仲間! 見て、あの眉毛、入れ墨! 若いときやんちゃしてて剃ってたから生えなくて、そやんしてるんだぞ!不良坊さんだ!」

お坊さんが、ちらりとこちらを見たので、きっと聞こえていたと思います、気まずかったです。


ぼちぼち、のんびりとブログを再開したいと思います。

2025/04/27

壁倍率の変遷H12

わたしは、法律って【なまもの】だな~って思います。


建築士の資格勉強をしていて、法律の条文のややこしさに頭を抱えませんでしたか?

〇〇の条文による、なんて書いてあるから、その条文を探すと、さらにさらに〇〇の条文に飛ぶ、飛んで飛んで、気づいたら何を探してったけ?ってなる。

もう一回、最初に戻って、そこからまた始める。めんどいMAXです。


なんで、こんな分かりずらいのか?

それは追加、追加、改正、改正を繰り返して、もともとシンプルなものがぐちゃぐちゃになっちゃった、、そんな経緯なんじゃなかろうかな~なんて思います。


じゃ、ここまでぐちゃぐちゃになっちゃっうくらいに、追加追加、改正改正をしているのはなんで?


時代のニーズに合わせて、場当たり的に対応したからだと思います。


シックハウスが社会問題になって、国はそれに対応させるために、建材の指定や換気を整備させるために、法改正を行う。

地震で甚大な被害が出たけど、大きく設計方針は変えられない、だから塑性設計を取り入れる法改正を行う。


いつだって、社会の要請の突き上げにあって、やばっとなって、大急ぎで対応する。

とりあえず、条文を追加するか、改正するかにして、細かいことは告示に示しておく。

認識を広めるために、建築士に対して、講習やらセミナーを行う。

だけどそれは、改正された時点での話。

何年か経つと、もともとの改正になった原因なんかは忘れ去られて、法律の条文だけが独り歩きしていく。

法律の条文に、なんでこの条文が作られたか、なんて書いてないですよね?

もともとは、その時代、その時代の社会のニーズに合わせて条文は作られているはずです。

だけど、それに関しては、もう忘却のかなた。その経緯を覚えている人は、実際に改正に関わってた関係者だけだと思います。


というわけで、忘却のかなたになってしまっているものを拾ってみました。

木造の【壁倍率】です。


今、木造の構造設計をなりわいにしている方は、壁倍率の一倍は1.96kN /mなのはご存知でしょう。

1.96kN/m=200kgf なのもご存知だと思います。


ところで、H12の告示で金物強化をすることで、実質に保有耐力まで賄おうとしたことは周知の事実です。ですが、壁量計算についてはメスが入っていません。

この法改正の時に、建築士に対してどんな説明がなされたのかは、その当時この業界にいなかったので、わたしは知りません。


下記内容が、日本建築学会の書籍に明記されています。

1980年 壁倍率の基準 130kgf 水平力の負担 耐力壁2/3 非耐力壁1/3

2000年 壁倍率の基準 200kgf 水平力の負担 耐力壁で負担、非耐力壁に期待しない

130kgfから200kgfにしたのは、耐力壁の耐力をデータをとるための、実物大試験の試験の評価方法が変わった。

基準耐力の変化:200÷130=1.538

耐力壁と非耐力壁の負担の変化:1÷2/3=1.5

おのおのが1.538、1.5。

1.538≒1.5、なのでH12法改正では、壁量計算の変更はなしとする。



わたしの個人的な感想ですが、、こんな適当でいいの?って思います。

あ~、確かに昔とちがって、

ちゃんと大工さんは耐力壁の釘種やピッチは守ってくれてるかも知れない。

試験の機械もなんかいいのをどこかのメーカが開発してくれたのかも知れない。

時代的に、いろいろ信頼に足ることが整備されてきたから、いいのかも知れない。


だけど、だけどさ。

H12告示で壁量計算を変更していないという、表面的なことだけが独り歩きしやしませんか?

H12告示の前に建てられた建物も、今の建物と同じくらいの耐震性があると誤解を招きやしませんか?

H12告示前の建物は非耐力壁が1/3負担することが前提だってことを忘れてしまうと問題がでますよ。

例えば、もともとの建物で、非耐力壁が多いおうちもあれば、少ないおうちもあるわけですよね。その当時、大工さんがちゃんと釘種・ピッチを守ってくれていた補償もないわけです。

今は大前提としてしていることが、前提でないのが昔の建物です。

そこを分からなくしてしまっている原因の一つとして、H12告示の壁量計算にメスを入れてないように【見えて】しまっていることがあると思います。



わたしの個人的な意見ですが、H12告示で、なにかしらの壁量計算の改正もすべきだったんじゃないんでしょうか?

そうすれば、そこについて、なにかしら注意やら思考するはずなんですけど。

もうすでに時遅し、世間一般的にはH12の法改正では壁量計算は変更されなかったことにされて、法改正の前後での建物の耐震性は金物が入ってないだけで同じってことになっちゃてますよね~。



こういう事を考えていると、ほんとに法律って【なまもの】だな~って思います。

旬で食べないと、腐って食べられなくなる。


法改正がされたときに、勉強しないと、本質が見えなくなります。

う~でも、今度の木造の法改正、めんどいな~

それでは、また。



2025/02/28

構造屋さんのトリセツ

今日は、意匠屋さんのための、構造屋さんのトリセツの話です。



わたしは構造屋です。

構造屋は、建築士というよりも技術士に近い、いわゆるエンジニアと言ったほうがいい職業です。

エンジニアというと、どんなイメージでしょうか?

生真面目で、融通が利かず、人との会話では空気を読めず直球すぎる発言をしてしまう。

ちょっと、上から目線のいけ好かない奴、という印象。

わたしが思うに、世間一般には、大体こんな風に思われてるんじゃないかなぁと、、。



そんなちょっと困った構造屋さん。(あくまでも、一般的にそう思われているという意味ですよ~)

そんな構造屋さんから見て、意匠屋さんは、どんな風に見えているか、わかりますか?

実は、構造屋さんは構造屋さんで、意匠屋さんが苦手なんです。

なぜ苦手なのか?

口が達者だからです。

脅したり、持ち上げたり、泣き落としやら、、。

意匠屋さんの口八丁手八丁にかかってしまうと、うまく丸めこまれてしまう。

意匠屋さんの人心掌握術のスキルの高さといったら、尊敬物です。

対人スキルという面から言うと、構造屋と意匠屋は雲泥の差があります。

意匠屋さんにとっては、構造屋なんて赤子の手をひねるようなものでしょう。



そんな意匠屋さんが、

「ちょっと、ここの部分がなんでこうなるのか教えてくれない?」

という発言をするとき、構造屋のわたしの頭には警戒警報が鳴ります。

経験上、意匠屋さんがこういう発言をするのは、人心掌握術を発揮し始めていることが多いからです。

経験上、意匠屋さんがこんな風に切り出してきたが最後、いくら説明しても、意匠屋さんの思惑どおりにならなければ、永遠に話し合いを終えることができません。

教えて欲しいんじゃないんです、意匠屋さんの思惑どおりになる方法がないのか、意匠屋さんは可能性を探っているんです。

だけど、大抵は、方法がないんです。

構造屋さんは、すでに検討済みなことが多いです。

可能性を探り終わってます。

その結果が、そうなっているんですが。。。

その一つ、一つを、意匠屋さんに説明しなくちゃならない。

そして、その説明は技術的な部分になります。

ところが、技術的な部分を意匠屋さんは聞いてくれない。

教えてくれない?と建前上はいいますが、教えてもらおうということではなくて、なんでできないのか、話し合おうよ、できるかも知れないんじゃんって。

正直、難しい話は意匠屋さんは興味ないですよね?

だから、その部分で話合うのは、無理があります。

知ろうとしてない人に、どう教えても無駄でしかありません。


なので、意匠屋さんに分ってもらいたいのですが、

技術的な部分を、構造屋さんに質問するのは、余計に問題を難しくさせます。

そんなときには、こういってください。

「ここは、こんな風にしたい、なぜかと言うと、こういう理由があるから」

意匠屋さんが、どうしたいのかを構造屋さんに伝えてください。

エンジニアに意匠屋さん持ち前の人心掌握を発揮すると、いい結果にはなりません。

ド直球で、やりたいことを伝えてください。

わたしたち構造屋は、ド直球が好きです。

まどろこしいやり取りは、省いていただいてください。

多少、きつい言葉でも、構造屋さんは気にしません。

構造屋さんは、パートナーです。

決して、意匠屋さんのしたいことを邪魔する敵でもなく、説得する相手でもありません。

そして、ほんとは、意匠屋さんのオーダーに答えたいと思っています。

その為に、自分の技術を役に立てたいと思っています。



構造屋さんは、不器用でコミュニケーション能力も低いです。

ですが、実は意匠屋さんが人心掌握術で人を動かそうという魂胆に気づいています。

そういった態度は、構造屋さんの己はコミュニケーション能力が低いと自覚している劣等感を刺激してしまいます。

そうすると、嫌になるんです。意匠屋さんとコミュニケーションをとることが。

誰だって、馬鹿にされているって嫌ですよね?


意匠屋さんは、自分の得意なコミュニケーションという部分で問題を解決したい。

構造屋さんは、オーダーを技術で解決したい。


それぞれが、違う土俵にいるわけですので、とても不毛です。

構造屋さんをうまく扱える意匠屋さんは、その部分を分かっていると思います。

「技術的なことは分からない。だけど、ど~してもこういう風にしたい。なぜなら、こういう理由があるから。その理由を分かって欲しい。」

そういうコミュニケーションの取り方をする方が、構造屋さんは頑張るんです。

なぜなら、パートナーとして認めてくれているという技術者冥利に尽きるようなことが、構造屋さんの心を動かすからです。


どうでしょう?

意匠屋さん!

はさみとバカは使いようですよ。

使えないと思ってるその構造屋さんは、使いようによっては、ものすごく強力な味方になって、意匠屋さんを支えてくれる良きパートナーかも知れませんよ。


それでは、また。

2025/02/23

無関心という罪

わたしは末端のしがない構造屋なので、建築設計の業界の全体は把握してはいません。

わたしの知る業界は、ほんの一部分にしかすぎません。

ですが、わたしのような末端の建築屋は、たくさんいます。

そして末端の建築屋の手で建てられる建物は、業界の全体からみると、かなりの数になると思います。


残念なことに、末端の建築屋には、建築に無関心という建築士も存在します。

そもそも、建築に無関心であっても、それなりに勉強すれば建築士の免許はとることができます。それなりと言っても、大変は大変ですが。

わたしは、常日頃思っているのですが、

建築に限っていえば、「無関心は罪」です。

ほんとに、強くそう思います。




建築に無関心な建築士は、実際います。

無関心というか、興味があまりないというか、、。

わたしも、はじめは、信じられないと驚いたのですが、実際のところ、そんな建築士はいます。

建築士の資格をもっているなら、資格試験を取るために勉強をしたはずです。

なので、当然知っているであろうと思って、話をするのですが、何故か話が通じない。

よくよく話をしてみると、全く何も知らない。

「え、なんで?」「なんで知らないの?」信じられないと驚きました。

一体ど~したことなんだ、、摩訶不思議です。

この人はどうやって、建築士の試験に受かったんだ、、。

こういったことに出会う度に、最初の頃は、相手を責める思いが湧いてきました。

でもよ~く考えたら、わたしだって、設備の話になると、知らないことがいっぱいあります。構造屋なので、普段、設備といえばスリーブくらいしか気にしていません。

試験勉強したときに、いっぱい勉強して知識があるはずなのに、頭からなくなっています。

ですから、あまり人のことは責められたもんじゃありません、わたし自身も。



ですが、そうなんですが、ときたま、ほんとにな~にも知らない建築士がいるんです。

そんな建築士に出会うと、ほんとに不思議でたまりません。

それで、そんな建築士を観察というか、言動を冷静に眺めてみたんです。

なぜ彼らは、何も知らないのか?

答えは簡単です。

彼らは、興味がないんです。

建築士の免許を持ってはいるが、建築には興味が無い。

資格試験の為に勉強した内容は、彼らにとっては資格を取る手段であって、興味対象ではないので、免許をとったが最後、すべてきれいに頭から消去されてしまっています。

そして彼らの興味は、お金を儲けることに集中しています。



お金を儲けることは、経済活動の立派な理由です。

そういうのがなければ、経済は回らないのは当然の話です。

だから、それが良いとか悪いとかじゃなく、必然なのは理解できます。



ですが、それだけになってしまうと、非常に危険なことになります。

人の財産・生命を担保するための建築士の知識や技術が全くないまま、経済が優先されるようなことになれば、それは命よりお金を優先するという選択に傾いてしまいます。

設計がなぜ建築士の独占なのか?お金を優先して、人の財産・生命がないがしろにされることを抑制するためだと、わたしは思います。


ようは、建築士はストッパーです。

なんでもかんでもOKにさせない、良識というストッパーとして役割が建築士にはあると思います。



ここで、建築に無関心な建築士が実際に存在するということを考えてみてください。

彼らは、ストッパーにはなりえません。

でも彼らは設計業務をすることが可能です。

なんでもかんでもOKな建築士が存在するということは、人の財産・生命はないがしろにされる建物が実際に建ってしまいます。

ストッパーじゃない建築士と、普通の建築士。

一般の人は、どうやって見分けたらいいのでしょうか?

無理です、見分けられ能力があるくらいなら、その一般の人は、きっと自分で設計できるくらいの能力があるので、自分で設計したほうが良いです。



こういった問題が、業界の末端に起きていることを、どれだけの人が認識しているのでしょうか?

どうすれば、このような問題を解決することができるのでしょうか?



無関心な建築士を排除すれば、それでいいんでしょうか?

無関心は罪であると、苦言を呈すればいいでしょうか?

なんだか、それは違うんじゃないのかなぁと、わたしは思います。



無関心であることを、考えてみたらどうなんだろうと思います。

人の無関心ってなんでしょうね。

ようは、興味をそそられるかどうかだと思います。

興味があれば、無関心ではいられませんよね?

建築において、無関心というのは罪でしかないです。

ですが、そこを責めても意味がありません。

自覚がない罪を責めても、相手の心には響きません。


どうしたら良いのか?

とりあえず、はじめの一歩を踏み出させる動機が必要です。

無関心ではいられないような、自ずと興味が湧いてくるような体験が必要です。

この「はじめの一歩」が踏み出せるかどうかが、とても大事だと思います。


無関心という罪がなくなり、どんな末端の建築屋であっても、良識をもって建築に臨んでいるような社会であって欲しいなと思います。


わたしのような末端の構造屋であっても、こんな風な理想を想い描くことがあります。

理想論かもしれませんが、結局は建物は人の想いで建てられる部分が大きいです。

なので、そういった理想を持つことを、大切にしていきたいな~なんて思います。

ちょっと、センチメンタルな話ですね。

構造屋さんって、難しいことばかりじゃなくて、こんなセンチメンタルなことも考えたりするんだなと思っていただけたら嬉しいです。














2025/02/21

計算プログラムとブラックボックス

「構造計算プログラムのブラックボックス化」と、よく耳にします。

「ブラックボックス」とは、そのままの意味で「黒い箱」。

「黒い箱」の中では、何が行われているのかを見ることができません、黒いですから。

構造計算プログラムは、何が行われているのかを見ることができないから「ブラックボックス」と言われているのだと思います。

そして、計算プログラムはとても便利だけれども、この「ブラックボックス」によって危険な建物を生み出す弊害が生じることを危惧して、「構造計算プログラムのブラックボックス化」という言葉が使われているだと思います。



計算プログラムは、計算をしてくれるプログラムです。(当たり前ですが、、)

所定の数値を入力すると、プログラムが計算をし、結果をはじき出します。

プログラムは正直で、NGであればNGの結果、OKであればOKの結果をはじき出します。




手計算は、計算を自分でします。(当たり前ですが、、)

計算結果は、NGであればNGの結果が、OKであればOKの結果が出ます。

こういう部分は、手計算でも計算プログラムでも一緒です。




手計算と計算プログラムの違いは、何でしょう?


計算プログラムを使うとき、プログラムを使う人は、数値を入力するだけで計算はしません。

プログラムを使う人は、計算はプログラムにやらせて、プログラムに結果を出させます。

ですが、手計算は、計算を自分で行って、結果も自分で出します。

手計算と計算プログラムの違いは、計算と結果を、自分でやるのか、それともプログラムにやらせるのかの違いでしかありません。



なぜ、プログラムにやらせるのか?

大変だからです。

膨大な計算を一人の人間が、限られた工期内でやるためには、徹夜をして仕事を終わらせるしかありません。

しかも、構造設計という仕事の性質上、ミスは許されません、人の命がかかっていますからね。

睡眠不足であろうと、体調が優れなかろうと、関係ありません。

ミスなく、工期内に、膨大な計算をやるという、ミッションをクリアしなくていけません。

それに加えて、意匠変更などが出れば、場合によっては、最初からやり直す必要があります。

どうでしょう?大変ですよね。

計算プログラムに、この大変な作業を肩代わりしてもらえば、どんなに良いでしょうか?

きっと、睡眠不足も解消し、体調も万全になり、格段にミスも減ります。

ミスなく工期内にミッションをクリアし、意匠変更などにも迅速な対応が可能。

(実際は、そんなホワイトな仕事じゃありませんが、、、とりあえず、まぁ、そこは置いてお置くとします)

誰にとっても、よきことだらけです。




本来、計算プログラムは、構造設計の仕事の「計算する」という部分を効率化させるためにあります。

でも、人間って、どんどん、楽な方へ、楽な方へと行きがちですよね?

わたしも、そうです。

計算プログラムを使っていると、「結果」にしか目が行かなくなってしまいます。

プログラムがはじき出した「結果」のみに注力して、結果を生み出した「計算」の内容には注意を払わなくなってしまいがちです。

こういう状態になってしまうのは、計算プログラムに人が左右されているからだと思います。

これがもっと酷くなると、構造設計は計算プログラムがやっていて、人はただの入力オペレーターになってしまいます。



本来は、「プログラムを使う人は、計算はプログラムにやらせて、プログラムに結果を出させる」が正解です。

ですが、「プログラムを使う人は、計算はプログラムにやってもらう、プログラムに結果を出してもらう」、その傾向が濃くなっている、それが今の現状です。

だから、いつのまにか構造設計者じゃなくなって、入力オペレーターになってしまいます。



入力オペレーターで何が悪い?

良い悪いの問題ではなく、「結果について誰が責任を持つのか」という問題です。

構造設計者は、自分の構造計算の結果に、自分で責任を持つべきです。

それが仕事ですから。

「計算プログラムでOKが出したから、計算結果はOK」では、きっとダメだと思います。

計算プログラムに何らかのバグが生じていて、本来はNGだったものがOKという結果になっていた場合、これは誰の責任になるのでしょうか?

計算プログラムを作った会社の責任になるのでしょうか?

もしそうであるのならば、なんのために構造設計者はいるのでしょうか?

自分の設計には自分で責任を持つべきです。

計算プログラムの結果がおかしいことに気づかないことは、構造設計者のミスです。



でもどうでしょう?

計算プログラムの結果がおかしいことに気づけるでしょうか?

仕事をしていて、気づくときがあります。

思った結果と違う時に、「あれ~なんでだろう」と。

そういう時は、その部分を自分で電卓をたたいて計算します。

そういう時の原因の大体は、計算プログラムに入力した数値の入力ミスだったりします。

でも、計算プログラムのバクみたいのには、気づく自信はありません。

バグには気づけませんが、計算結果がおかしいことには、きっと気づけると思います。





「構造計算プログラムのブラックボックス化」

こんな言葉を耳にするとき、確かにそうだな、とわたしは思います。

計算プログラムは、とても便利ですが、いつのまにか人を堕落させてしまいます。

構造設計者として責任を持つべきところを、計算プログラムに転嫁してしまいがちです。

わたし自身も、普段の業務で多忙になると、ついつい、計算プログラムの結果がそうなのだから、きっと、そうなんだろうな、で終わらせてしまうことがあります。




自戒の意味でも、もっと「黒い箱」の中身を知るべきと思い、改めて勉強を始めました。

構造設計の仕事に就いて20年、自分が分からない、知らないということを放置してきたことに、恥ずかしいという思いがあります。

ですが、何事も遅すぎることなどない、思い立ったが吉日です。

構造計算プログラムは、ちっともブラックボックスじゃないよと言えるように、精進しようと思います。




願わくば、意匠屋さんにも分かって欲しいなと思います。

構造屋は、計算プログラムの入力オペレーターじゃないよ。

構造屋は、自分の仕事にプライドをもって、責任を果たそうと努力してますよ。

分かって頂ければ、

「計算プログラムで計算するだけだから、そんなに時間かからないでしょ?」

などど、心無い言葉で、構造さんがいじけてしまう。

なんてことが想像できるんじゃないんでしょうか?






2025/02/01

破壊を考えてるから、食い違う

 ある大工さんが言いました。

「へ~でもさ、ふつう、壊れるって考えないよ~。建てるのが自分の仕事だからな~」

飲み会の席で、大工さんが構造設計って何やるの?と聞くので、わたしなりの設計の流れを説明した時の反応でした。

大工さんにとっては、家を設計するときに、ビルドじゃなくてスクラップを考えているという、わたしの考え方は新鮮に感じたようです。



どういう考え方なのかというと、

必ず建物は壊れる。が、設計の前提。

設計の中で、いったん建物を組み上げて、そして、その建物を一回、頭のなかで壊してみる。

どうすればこの建物を壊すことができるのか?を試行錯誤する。

どこかしらの部材なり接合部が破壊する、そして建物が壊れる。

だったら、その弱点となる破壊する部分を、あらかじめ補強してあげておく。

そうすれば、壊れにくい建物になる。

新築で建てるのに、変な話ですが、一度設計を行ってから、耐震診断をして補強をしているようなものです。




もしかしたら、このようなわたしの構造設計の考え方は、イレギュラーかもしれません。

もともと一番最初に入ったのが、耐震診断・補強をメインにする会社だったので、こんな風な思考が染み込んでいるのかもしれません。

一般的な構造屋さんが、構造設計をするときに、どのように考えて設計しているかは、正直わかりません。

そういえば、構造屋同士で、どんな風に考えて設計しているのか、なんて話してみたことなかったかも知れません。

構造屋は何を考えて、設計をしているのか?

について一度、いろんな構造屋さんに聞いてみると、いろんな考えた方があったりして面白いかも。



ともあれ、実際に作り手である大工さんにとっては、大工さんが言ったとおり

「建てるのが仕事」

が普通に作り手にとっての正解だと思います。

誰も、壊れるかもなんて思いながら、ものを作ったりしませんよね。

意匠屋さんだって、お客さんが快適に住まうために設計をしてるでしょうしね。

大工さんだって、そうでしょう。

誰かが住まうための箱を建てるのが、住宅建築。というのが正論ですよね。




でも、わたしにとっては、そうじゃなくて、壊れるを考えるのが、思考として染み込んでしまって、いつのまにか正論を忘れてました。

だから、

大工さんの「建てるのが自分の仕事」

の言葉に、

「あっ!そうだよね、普通はそういうもんだよね。」

と、当たり前のことに、改めて気づかされました。失念しておりました。




意匠屋さんと設計の段階で協議するときに、なにかいまいち、通じないな~と不満に思うことが多々あります。

これはきっと、設計に対する元々の思想が違うというのも原因のひとつじゃないんでしょうか?

作る・建てる、っていうのは創造的なもので、どちらかというと前向きですよね。

わたしの壊れるのを考えるという考え方は、違う方向を向いてます、後ろ向きです。

でも、壊れる破壊点を補強しようというのですから、結局は前に進んでいるわけなんですけどね。。。

まぁ、意匠屋さんにとっては、「ここが壊れるので、ここを強くしましょう」なんて言われると嫌なのかもしれません。

だって、自分が創造したものに、最初から欠陥があるなんて思いたくないでしょうから。

だから、意匠屋さんにとって、構造屋さんは嫌な事いう奴にしか思えなくても仕方ないです。




意匠屋さんにとっては、建物は「建てる物」で、壊れるってことは想定外。

構造屋さんにとっては、建物は「壊れる物」で、それを土台に考える。


意匠屋さんから見れば、壊れるなんて後ろ向きな意見は創造する仕事にとっては邪魔でしかない。だから構造屋さんの態度は、自分の仕事を邪魔していると感じられる。

構造屋さんから見れば、前しか向いてない意匠屋さんの態度は軽率だと感じられる。



わたしにとっては、破壊を考えるのが構造の仕事の中には必ず必要なんだという思いがあるのですが、そこを出発点に意匠屋さんと会話すると、どうにもこうにも食い違ってしまう。


破壊を考えなきゃいけないけど、破壊を考えているからこそ、食い違ってしまう。



大工さんの一言で、気づかされました。

建築に関わる人たちの想いは、それぞれですね。

きっと、それぞれが正しいんだと思います。

いろんな意見をすり合わせ、結果、いい建物ができれば、それでいいんじゃないかと個人的には思います。

いい建物になるには、関わる人たちが、自分以外の意見にも耳を傾けるのが大切なことだし、そうできる人間関係ができていなくちゃいけないと思います。

まぁ、理想論ですが。

理想と現実、そのギャップに虚無感を感じることが日常ですが、、。

まぁ、あまり難しく考えず、気張らず、できることをがんばろっと!


それでは、また。

2025/01/12

数学と私

わたしは、30才の頃に、全くの未経験から構造設計事務所に入りました。

高卒だし、学生のときも勉強も得意じゃないというか、不向きな方だったと思います。

なので、いわゆる工学系の大学をでている構造設計者に対峙すると、わたしの知らない学問を相手は学んできた積重ねがあるんだろうなと、ちょっと劣等感を持ちます。


でも、そんなことを今更、仕方ないじゃない?

人生の途中で、構造設計の仕事に就くなんて思わなかったし、分かってたら工学系の大学に進学してたよ、そんなことでクヨクヨする時間があったら、できる範囲で今から学べばいいじゃない?

と自分で自分を鼓舞するようにしています。


「劣等感」って、なんとなくマイナスイメージな言葉ですけど、案外悪くないと思います。

人より劣っていることを自分で認めることができるなら、劣っていると思う部分を補ってやればいいだけですから。

劣っていると思う部分を洗い出して、とりあえず手を出せるところから独学で勉強しているので、亀の歩みですが、なんとな~く、ちょっと分かってきたかも。

と思うときもあれば、

「やっぱり、わから~ん、無理無理、難しい、ひ~」と挫折感に打ちのめされるときもあったりして。


でも、そんなこんで地道にやっているうちに、ここ何年か前から、

「劣等感」を克服する勉強が、シンプルにただ「おもしろいぞ」という心境に変化しつつあります。

また、年を重ねて、だんだん自分が何者かなんてど~でもよくなって、単純に面白いことを楽しみたいの思いが強くなってきたせいかもしれません。


「大人になった今、学ぶのが楽しい」

って言う人、わたしの周りにも結構います。わたしも、同意です。


今だから思うのですが、学生の時にはどうやっても「学ぶのが楽しい」なんて心境にはなれなかったと思います。ほんと単純に学問に興味がなかったですから。

それが今は楽しい、不思議ですね~。




さて、今回のブログタイトル『数学と私』についてです。

わざわざ長々と、ど~でもいい、わたしの経歴や大人の勉強についての思いを書いた理由は『数学』にあります。

構造設計の本を開くと、『数学』の奴が、ちょいちょい顔を出しやがるんですよね。


本を執筆していらっしゃる方は、悪気などないと分かっているのですが、、、

「数学わかってることが前提」で、話を進めるんですよ本の中で。


ええ、分かっていますよ。数学の教養がない、わたしの方が構造設計の本の読者としてはイレギュラーなんですよね。


まぁ仕方がないです。本の中の『数学』部分については、ちょこっとネットで調べて、あぁなるほどねと、わかったふりをしてお茶を濁しつつ独学をしてました。


ですが、学べば学ぶほど、『数学』は避けて通れないぞということに気づきました。

じゃ、観念してやってみるか、『数学』。

やってみると、全然おもしろくない。

やればやるほど、構造設計から離れていく、わたしは構造設計にしか興味がない、だから楽しくない。



苦行でしたが、眠気しかおきない数学のテキストをどうにかこなそうとしているうちに気づきました。

「これは、長編の小説だ」

何か結論がある、そのための前置きやらストーリーが展開されている、だけど道のりが長い、長すぎる。


それに日本語じゃない、日本語だけど日本語じゃない。

言語そのものが違うという意味もありますが、その他にも英語と日本語の文法が違うという意味もあります。

日本語→主語+目的語+動詞、英語→主語+動詞+目的語、文法が違うのだから、当然、頭もスイッチを切り替える必要がある。


『数学』も頭のスイッチを切り替える必要がある。今持っている自分の常識が通じない異文化に慣れなきゃいけない。


わたしの思い違いかもしれませんが、これから『数学』に着手するなら、そんな心づもりが必要だろうなと、薄っすら、そんな予感を感じていました。



理解できていない異文化で、言語が違う、長編の小説。

そりゃ、数学のテキスト読んでて、眠気に襲われてもしょうがないよね。

でも、ど~してもここを解決しないと、構造設計の本を書いている執筆者の人が伝えようとしていることを100%理解できそうにない。

別に100%でなくても、80%でも、良いといえばそれでいいんですが、気持ち悪いんですよね。

解けないミステリーみたいで、気持ち悪い。

犯人は分かった、でも、犯行のトリックが分からない。気持ち悪い。

ああ、気持ち悪いなぁ。のどにある魚の骨みたいに。





知人が誘ってくれた、数学のセミナー。

もしかしたら、なにかしら収穫があるかもと参加してみました。

ありました収穫が。


わたしは常々、数学はツールだと思っていました。

何か目的があって、そのための便利なツールが数学なんだろうなぁと。

ただそれを導き出すための道のりが遠く、「退屈な長編の小説」だと思っていました。


セミナーを受けてみて、あれちょっと違うのかもと、感じました。

どうやら、わたしの知らない違う視点が存在しているみたいです。


セミナーの先生は、宇宙人です。

失礼な意味じゃありませんよ、使う言語が違う、思考回路も違うという意味です。


これまでの独学数学の予習が効いたのか、言語は怪しいながらも聞き取れます。片言で宇宙人と交信といったところでしょうか。



先生が数学に対峙する時、その時の態度から伝わるものがありました。

セミナーの先生の本意はよくわかりません。なにしろ宇宙人との交信ですから、ところどころ雑音が入ってしまって、クリアな交流が満足にできたとは言えません。

ですから、これは、わたしが一方的に、きっとそうなのだろうなという感想です。


数学には美学がある。


もしかしたら、哲学かもしれません。どちらにしろ、今までツールだと思っていた、わたしにとっては、新たな視点です。

無味乾燥なツールのための長編小説じゃなくて、どうやら哲学とか美学的なものがあるようです。たぶん。きっと。

わたしにとっては、新しい視点です。

この視点で、『数学』に取り組でみると、もしかしたら楽しいのかもしれません。

宇宙人先生が、楽しそうにしていらっしゃたので、きっとそうなのでしょう。




わたしは、小説や映画のミステリーが好きです。

わたしにとって、独学はミステリーと一緒です。

犯人はだれ?トリックは?、わくわくします。



ですが、小説や映画のように、種明かしがラストで展開しない場合もあるのが独学です。

何度チャレンジしても解けない、行き詰ったときには、先駆者に頼るのもいいかもしれません。


今回、セミナーに参加して良かったです。

数学が解けたかというと全く違いますが、大事なヒントを拾ったような気がします。

美学の視点を頭に、もう一回、数学に取り組んでみたら、楽しそうな気がしてきました。


宇宙人先生と、誘ってくれた知人に、大感謝です。

面白いことが、ひとつ増えました!



構造屋のいっぷく独り言、それではまた。













2024/10/20

末端の構造屋しか知らないことがある

  先日、鉄骨造の耐震診断・改修の技術者講習会に参加してきました。


 講師の方が何度も、

「この本は古いので、黄色本や、学会の方に従って〜」

と、おっしゃっていたのが気になりました。




 今回は、その話をします。


 


 2011年と2013年に出版された2冊が、講習会のテキストに指定されていました。


 今年は、2024年なので、いずれも10年以上前のテキストになります。


 講習会で、何度も講師の方が、

「この本ではこのように記載がありますが、実務では、この部分については〇〇のようにしてください」

 と注意喚起されていました。


 10年以上前に出版されたときから今に至る、その間に、災害の調査等による、いろんな知見が明るみになり、以前の定義が必ずしも正しいとは言えなくなった。


 ということなのでしょうね、きっと。


 こういうことは、構造の分野では、よく見られることです。


 大きな自然災害が起きるたびに、専門家による調査が入り、構造的な致命傷となってしまった部分が明るみになり、それが知見の積み重ねになります。


 なので、構造屋は、常に「新しき」を学び続ける宿命にあります。こういう部分は、構造屋って、技術者に近いよな〜と、個人的には思います。


 ですが、「災害で、このような被害がでたので、今度から、教訓を活かして、このように設計しましょう」と言われるたびに、心に引っかかるものを感じるのは、わたしだけでしょうか?


 ほんとに、それは大地震が来なければ、想定できなかった被害なんだろうか?


 ほんとうは、ちゃんと目を逸らさずにいれば、被害を未然に防げたんじゃないんだろうか?


 そんな考えが頭をよぎります。


 今まで、これで問題が出たことはない。だから、問題はない。実際、こんな風の建物はいっぱいあるじゃないか。


 こんな風に言われ、仕方なく危ない設計を強要されている構造屋さんはいっぱいいると思います。


 でも、大きな自然災害の調査で、構造的欠陥がクローズアップされ、「これは不味い設計」と、取りざたされるようになる。


 これって、おかしくないですか?

 明らかに、おかしいです!


 まるで、大きな自然災害が、実物実験になっているようじゃありませんか?


 それで、被害に遭われた人は、どう思うでしょうか?


 

 だいぶ前から、性能設計の思想が、実際の構造設計に取り入られるようになりました。


 つい最近、「建物が壊れることを前提にした設計ではなく、建物を壊さない設計であるべき」ということを、おっしゃっていた方がいました。


 できたら、そうありたいです。


 実際の災害で現場を目にし、最前線の思想を持つ先生方。


 施主の窓口になっている、無責任かつ無知な建築士。

 

 どちらも知っている、末端の構造屋として、一言、言いたいです。


 「このギャップを埋めることができない現状を放置しているのが、一番の不味い問題だよ、、、」


 

 構造屋の集まり、第3回を神奈川県でやります。

 参加してみませんか?

 

 それでは、また。

 

 


 







2024/09/01

構造設計の仕事

常日頃、構造屋として感じている、わたしの考えを思いつくままに書いてみたいと思います。

賛否両論あるかと思いますが、個人的なわたしの見解ですので、こんな風に考える人もいるのだな~くらいの気持ちで、お付き合いしていただけたらと思います。



この仕事をしていると、世間との乖離を感じることが多々あります。


世間一般の人が誤解をしているところとして、地震や台風から、人の命を守るために、強い建物にするのが構造設計だと考えているところです。


これは大きな誤解で、地震や台風などの避けられない自然災害が起きた時に、人の命を脅かすのは建物そのものです。

地震や台風などの自然災害が起きた時に、建物は人の命を守ってはくれません。

等級1でも等級3でも関係ありません、建物は人の命を守ってはくれません。

巨大地震が起きた、その時に、建物の中にいれば、家具の転倒などで下敷きになり身動きが取れなくなったり大けがを負ったり、最悪の場合は建物が倒壊して命を失ってしまうことになります。

巨大地震が起きた、その時に、一番にしなければならないことは、建物から出て、安全な場所に自分の身を置くことです。


ハウスメーカーの営業マンの「震度7の地震でも、大丈夫です!」などという言葉を信じてはいけません。大きな地震が起きた時は、建物の中に居ちゃいけません。

大切な家族の命を守るために、いの一番に、建物から外に逃げてください。

あの時に営業マンの言葉を信じたばかりに、自分の大切な人を失ってしまったと後悔しても遅いのです。失ってしまったものを、取り戻すことは、もうできません。


誰かにとって都合のいい、耳障りの良いその場しのぎの言葉より、都合の悪い真実を正しく理解することが、大切なものを守ることになります。


構造屋として、このように言うことは、悲しくて悔しいですが、今現在の技術では、大きな自然災害に見舞われた時に、絶対に壊れない建物とすることは不可能に近いです。


不可能に近いですが、近づく努力はできます。少しでも丈夫な建物にすることで、建物が人に危害を及ぼす可能性が低くなります。

構造屋にできることなど、大きな自然の脅威の前では、微力にすぎませんが、少しでも、自分がかかわった建物で過ごす人々が、悲しい思いをしないようにとの思いを込めて頑張っています。


このような思いは、わたしだけでなく、能力の差はあれ、すべての構造屋さんが持っているものだと、わたしは思っています。


残念なことに、そうった構造屋の思いが、意匠屋さん、施工屋さん、お施主さんに、時として、まったく理解されないことが多々あります。


それどころか、ただ等級3になるように計算してくれればいいのだから、細かいことを小難しい言葉でわーわー言うな、くらいの扱いを受けることもあります。

ほんとうに、かなしいです、、、。


わたしたち構造屋の仕事は、「丈夫な等級3だから、地震が来ても大丈夫」と営業マンがお施主さんを甘い言葉で安心させるためにやっているわけじゃありません。

実際の大きな自然災害が起きた時に、人が悲しい思いをしませんようにと、ただそれだけの思いを持って、構造設計の仕事をしています。


長年、この仕事をやっていて、ず~と、意匠屋さんや工務店さんなどが、構造設計に対して誤解をしていることはもちろん、世間一般的にも、構造設計の仕事の本質が誤解されていることを身に染みて感じています。


なかなか、こういった敵は手強く、連戦連敗、誤解を解くことができません。

どうしたら良いのでしょうか?

最近では戦う意力さえわきません、相手が分からないところで戦う、ずるい戦法を使うようになりました。


相手が分からない部分を強くするんです。

耐力壁を増やす、柱を増やす、梁を大きくする、こういう部分は、敵は敏感になりますが、

材料強度を大きくする、部材厚を大きくする、接合部を強くするなどは、敵は気づきません。

他にも戦法をいろいろと、ひねり出し、苦肉の策を講じます。


なぜ、こんなみみっちい努力に心血を注がなきゃならんのだ~と思いつつも、手強い敵と戦う労力と比べれば、まだましです。


ほんとに、ときどき、だれのためにやっているのか、分からなくなります。

建物を使う人のためにやっているのに、その当人に気づかれないように、こっそりやっているんです。バカみたいですよね。


今日は、つまらない構造屋の愚痴になりました。

気が向いたら、また、のぞいてみてください。それでは、また。




2024/08/16

露出柱脚の設計 方程式とソルバー

手計算で露出柱脚の設計をしなくちゃならない、そんなこともあります。


小さい規模、ピンで設計したい。


ですが、黄色本にもあるとおり、ピンで設計した場合は、柱頭の3割が柱脚に作用するものとして柱脚の設計をし、安全性を担保しなくちゃなりません。


こんな場合は、露出柱脚の設計を、手計算しなくちゃなりません。


露出柱脚の設計で、アンカーボルトに引張が生じるような応力状態の時は、中心軸Xnを算出する必要があります。


中心軸Xnは、日本建築学会の本なんかに載っている表から拾えます。

表から拾えますが、、、わたしなどは、老眼が進んできているので、慎重に表をにらんで、2度も3度も、確認してます。

それでも、もしかしたら拾い間違えちゃってるかもと、不安になります。


そこで、わたしは、表からではなくて、中心軸Xnを求める3次方程式を解いて算出することにしています。


中心軸Xnの式は、下のとおり

Xn3+3・(e-D/2)・Xn2-(6n・at)/B・(e+D/2-dt’)・(D-dt’-Xn)=0


うぎゃって、なりますよね。

もう見るからに、面倒いぞmaxです。

こういうときは、わたしは、エクセルさんに、ゆだねてしまいます。


エクセルの関数には、方程式を解く機能はありませんので、わたしは、マクロのゴールシークを使って解を求めるようにしています。



ところが、最近、簡単にパパっと方程式を解けるエクエルの機能を見つけました。

さっそく、やってみたので、設定方法をメモっておきます。


※エクセルのデフォルトは、【ソルバー】が入ってません。自分で、エクセルに【ソルバー】の機能を追加する必要があります。なので、エクセルに【ソルバー】を追加する方法から、メモっていきます。

※その次に、実際に、3次方程式を解く作業をメモっていきます。


まずは、エクセルに「ソルバー」の機能を追加


①エクセルの「ファイル」→「オプション」

※「オプション」が見当たらないときは「その他」をクリックすると出てくる

スクショ 「オプション」の位置を示す




②「アドイン」

スクショ 「アドイン」の位置を示す




③管理の「Excelアドイン」を選んで「設定」

スクショ 「設定」の位置を示す



④「ソルバーアドイン」にチェックを入れて「OK」
これで完了です。

スクショ 「ソルバーアドイン」にチェックを入れる



最後に「ソルバー」が追加されたことを確認します
「データ」タブ⇒「ソルバー」があればOK

スクショ 「ソルバー」の位置を示す







「ソルバー」の使い方


使い方はマイクロソフトの公式に載ってますが、

急いでいる時には、そんなのじっくり見てる余裕はないので

ざっくりな使い方をメモ、メモ、メモ!





「ソルバー」をクリック

スクショ 「ソルバー」の位置を示す




下図が「ソルバー」の入力ウィンドウ

スクショ 「ソルバー」の設定画面





下図の囲っている部分が、使う部分です。

スクショ 「ソルバー」に入力する部分




では、使ってみましょう~
と、その前に、【数式を入れたセル】と【変数Xnのセル】を用意しておきます。

※結合したセルを指定するとエラーになるので注意!


スクショ エクセルのセルの設定位置




では、ソルバー使ってみましょう~
下図のように、それぞれのセルを指定します

 

スクショ ソルバー設定のセルの位置



 
次に【目標値】を【指定値】として”0”と入力します

 

スクショ ソルバー設定で目標値の位置


 

【解決】をクリックすれば、完了

スクショ ソルバー設定 解決の位置



下図のように、ちゃんとXnが算出できます
スクショ エクセルでのソルバー成功



※もし、下図のようになるときは、セルの初期設定の表示形式を【数値】に変更してあげれば綺麗な数値に修正できます。

スクショ エクセルの数値がおかしい



きっと、使う頻度は低いかなぁ~と思うのですが、

使う機会が少ないからこそ、使うときに忘れてしまって、急いでいるときなんかは困ってしまいます。

そんな困ったことにならないよう、備忘録としてメモっておきました。


それでは、また。


2024/08/09

データをクラウドに同期すること

突然のパソコンのトラブル。

データのバックアップをしておくのは、大事です。





一週間前に買った、新品のノートパソコン。

新しいPCは、快適だな~と気分良く、お仕事をしていました。

突然、画面に警告がでて、シャットダウンしてしまいました。

その後、起動できなくなり。。。

メーカーのサポートに電話で相談しましたが、治りません。



修理に出すしか、ないようです。

買ってから、1週間、あれこれ設定するのも一苦労だったのに、がっかり感が半端ないです。



そして、なによりも!

あとちょっとで終わりそうだった、仕事のデータが、飛んでしまった!

大ショックです!

あと1時間もあれば、仕事、終わっていたのに!


Googleさんの、ドライブに同期させていた分があったので、半分くらいのデータは無事に復旧できたのですが、残りの半分は、どうしようもありません。



作り直しです。

期限は明日です。

今は、もう夕方の6時です。

(手計算での計算書一式の仕事です。全部、エクセルで作成です。)



気持ちのやさぐれが止まりません。

テレワーク中の主人に、八つ当たりしまくりです。


気に病んでも、どうしようもありません。気持ちを切り替えることにしました。


どうせ、やるしかないなら、一気に終わらせてやる!


やりきりましたよ、ノンストップで全集中。

2日分の作業を6時間で、終わらせました。


ええ、もちろん、徹夜になりましたよ、、、。

久しぶりに、朝の空が、明るく白みがかるのを拝みました。

できたら、もう一生、拝みたくない心境です。




今回、酷い目に会いました。

買ったばかりの新品のパソコンが壊れるなんて、、、はぁ~。

こんなことも、あるんですね、、。



今度からは、作業中のデータは、全部クラウドで同期させておくことにします。

そうすれば、今回みたいなトラブルに会っても、痛くも痒くもないならないでしょうから。


作業中のデータも、クラウドに同期すること

絶対、忘れないぞ!!



それでは、また。

2024/08/03

片持ち2m 鉛直震度の手抜き検討方法

告示で「片持ち2m以上は検討せよ」とあるで、しなくちゃならない。

ちょっと、面倒くさいので、手抜きしたい。

申請機関から文句言われる方法かもしれないけど、手抜き検討方法を考えてみました。



片持ち2mの鉛直震度の検討方法は、以下の2通りある。

方法①は、常時荷重x2< 短期許容応力度

方法②は、常時荷重x1.33 < 長期許容応力度



方法②の1.33倍の理由は、黄色本に解説があるとおり

許容応力度が、短期=長期x1.5 なのが理由。


どういうことかと言うと、

方法①の 常時荷重x2< 短期許容応力度 に (短期=長期x1.5)を代入してみると

常時荷重x2=長期ⅹ1.5 になる、これを展開すると、常時荷重x2÷1.5=長期になる。

1.5は3/2なので、常時荷重x2x2/3=長期荷重 になる。

2x2/3=4/3なので、1.3333になる。

なので方法②は 常時荷重x1.33<長期荷重 になる。


結局、方法は②は、方法①の変形式なので、まったく同じである。


でも、方法①より、方法②を使ったほうが、便利。

計算書を作るときに、長期の検討は、2m以上とか関係なく、必ずやりますよね?

2m未満なら、長期の検討だけで終了ですが、2m以上は、短期の鉛直震度の検討もやらなければならない。

短期の鉛直震度の検討って、具体的には、なにをするのかというと、方法②を採用する場合は、長期の常時荷重を1.33倍割増した設計応力が、長期許容応力度以下であることを確認します。

わざわざ、割増しして検討するのは、面倒です。


そこで、です。割増し検討はやらずに普通に長期の検討を行って、以下のような文言で逃げておいても、いいんじゃないんでしょうか?

「短期の鉛直震度の検討は、長期の検討結果が0.75(1.33倍の逆数)以下であることが確認できたので省略する」

先に書いたとおり、1.33=4/3なのですから、その逆数は3/4になります。

3/4は0.75です。

方法② 1.33x常時荷重<長期許容応力度 を確認しなけらばならないのなら、

常時荷重÷長期許容応力度 < 1/1.33(3/4=0.75)としても、良いわけですよね?




ただし、長期の検討で0.75以上になると、これは使えません。

なので、長期の検討が0.75以下になるように最初から、設定しておかなくちゃいけない。

例えば、長期検討の結果0.80だったときには、0.80/0.75=1.07 と計算します。

そして、RCなら、鉄筋量を1.07倍、もしくはjを1.07倍以上に変更する。

Sなら、断面係数が1.07倍以上になる部材にサイズUPする。

こうして、長期の検討を0.75以下になるような、おさえかたをしていれば、オールOKになる。



いや、本当に最良の方法は、意匠屋さんに

「片持ち2m以上は、正気の沙汰じゃないっすよ~」

と、進言することかも、、、ね。




参考までに告示と黄色本の抜粋を載せておきます。

※抜粋  平19国交594号 

第2 第三号(に) 

片持ちバルコニーその他これに類する建築物の外壁から突出する部分(建築物の外壁から突出する部分の長さが2メートル以下のものを除く。)を設ける場合 作用する荷重及び外力(地震にあっては、当該部分の鉛直震度(令第88条第1項に規定するZの数値1.0以上の数値を乗じて得た数値とする)に基づき計算した数値とする。)に対して、当該部分及び当該部分が接続される構造耐力上主要な部分に生ずる力を計算して令第88条第一号から第三号までに規定する構造計算を行い安全であることを確かめること。


※抜粋 黄色本 2020年版 P.325 d)

鉛直震度による突出部分に作用する応力の割増し

第三号(に)の規定は、規模の大きな張り出し部分について、鉛直震度も考慮すべきことを定めたものであり、片持ちバルコニー等の外壁から突出する部分について、鉛直震度1.0Z以上の鉛直力により生ずる応力を算定することとしている。例えば短期の許容応力度が長期の1.5倍で場合には、そのことを考慮して常時荷重を1.33倍(=2/1.5)して長期の許容応力度の確認を行う方法もある。なお、例えば先端部分を支持する柱等を設け、鉛直方向の振動の励起を防止する措置を講ずることができれば、本規定における「突出部分」には該当しないものとして検討を不要とできる。また、外壁から突出する部分の長さが2m以下の場合には、振動の励起が生じにくいものとして、本規定の適用を受けないこととしている。


ちょっと疑問、、、【励起(れいき)】って、なんじゃらほい?

ググってみると、励起はエネルギーが高まることらしい、えっ、どうゆうこと?

鉛直方向の振動の励起(=エネルギーの高まり)を防止する、、、共振とかして、異常に振れるのを防止するとか、そんな意味なんでしょうかね~。


ついでに他のコラムも見てね→いっぷく構造屋

2024/07/31

構造屋に高性能スペックは要らない

構造屋に高性能スペックは要らない。と、私は、常々思ってます。
構造屋に必要なのは、体力です。


話は変わりますが、パソコンを買い替えました。

わたしは、ノートパソコン派です。

個人事業主なので、仕事は自宅です。

なので、デスクトップでもいいのですが、喫茶店とかの方が集中して仕事ができるので、基本的にノートパソコンを愛用しています。


そのノートパソコンのキーボードの【A】と【Z】と【1】が、だいぶ前から接触が悪く、数回押さないと入力できない状態になってました。

ここ1ヶ月ほどは、さらに【Tab】や【Shift】も、おかしくなってしまいました。

いよいよ、♪パパの大事なクラリネット~、壊れて出ない音がある~♪の最終章に近づきつつあり、イライラ度がmaxになり、とうとう、パソコンを買い替えました。


構造屋の業務に耐えられる、パソコンのスペックとは、どのくらいあればいいのか?

パソコンを買い替える度に、調べてはみるのですが、なんだかよく分からないです。


今回も、調べては見たのですが、結局、どのくらいのスペックが必要なのか、わからない「もやもや」とした感のまま、適当に買ってしまいました。

、、、キーボードがいかれて、イライラ度maxで、どうでもいいから早く買い替えたい、なんでもいい、これでいいや!的に、衝動買いしてしまいました、、、。


パソコンを買い替えるのに調べてみると、処理速度がどうのこうの、グラフィックボードがどうのこうの、、、。わかるようで、わからない、、、。


結局、わたしが、パソコンを買うにあたって、重要視したのは以下の5点だけです。

・テンキーがついている(数字を打つことが多いから)

・USB充電できるポートがついてる(外出先でモバイルバッテリーで充電したいから)

・ストレージが1TB(仕事でもらう資料がストレージを圧迫するっっ)

・持ってるバックに、パソコンが入るかどうか

・予算は10万~15万(ほんとは7万円くらいがよかったけど)


こうしてみると、パソコンのスペックは、全く関係ないですね。。アハハ

構造屋のパソコンのスペック、わたしにとっては、パソコン自体の性能よりも、使い勝手の方が、選ぶ基準になってます。

性能自体は、今までに特に困ったことはないので、そんなに高い性能は、要らないんじゃないの?と、個人的は思ってます。

今回みたいに壊れることの無いような丈夫さがあれば、それでいい。



構造屋の仕事も、パソコン選びに似てます。

高性能スペックは要らない、丈夫さがあればいい。

つまり、

構造屋の仕事に、頭の良さは要らない、体力があればいい。



はやく、新しいパソコン届かないかな~。

2024/07/10

ガス圧接継手の抜取検査 思うトコロ...

鉄筋のガス圧接継手の抜取検査について、個人的に思うトコロがあります。


ガス圧接継手って、なんじゃらほいって人は、日本鉄筋継手協会のサイトを見てみてくださいね。

https://jrji.jp/page-104/


鉄筋径D19以上の時、鉄筋継手は、ガス圧接継手にすることが多いかと思います。

現場では、ガス圧接継手の検査を、外観検査抜取検査を監理者立会いのもと行うことになります。

外観検査は、圧接部のふくらみやら、ずれやら、細かい規定をチェックします。

抜取検査は、超音波探傷試験と引張試験の2種類があります。


わたしは、このガス圧接継手の抜取検査の「引張試験」について、どうなんだろうなぁって思っていたことがあったので、今回は、その話をします。


引張試験というは、実際の現場でガス圧接で繋げられた鉄筋をチョン切って、切り取った試験体を試験機関に配送して、引張試験をします。引張試験の結果が、試験機関から施工者に送られて、監理者の構造屋にも報告が来ます。

引張試験がどういうものか説明されても、はぁ、そうですか。。って感じでしょうか、、。

ですが、引張試験の結果がでるまで、コンクリート打設は待たなきゃいけないし、引張試験がNGだったら、最悪、全数のガス圧接箇所を「やりなおせ」ってことにもなりかねません。施工者側も構造屋も、引張試験の結果が出るまでは、ちょっとドキドキします。心臓に悪いです。

まぁ、こんなことは業務なので遂行するのみの話です。わたしが気になっていることは、現場で鉄筋がチョン切られたあとのことです。現場で、チョン切られたあと、そのチョン切られた区間の鉄筋は、どうするのかというと、またガス圧接で繋ぐしかないですよね?じゃ、引張試験のためにチョン切った区間を繋げるためのガス圧接の品質というのは、どうやって確認すればいいのでしょう。。。引張試験が合格でも、その後の繋げるためのガス圧接の品質が実はNGだったら、、、。

なんか、建物の品質を確認するために引張試験を行ったことが、かえって建物の品質の劣化に繋がってしまうことになりかねないような気がします。

前々から、引張試験の抜取検査については、このように個人的には「どうなんだろうなぁ」と思っていました。仕様書や、監理規準にさえ則っていれば、確かに業務的には義務を果たしているかも知れませんが、そもそも論としては、品質を担保するのが、構造屋の本来のお仕事なはずですしね。かと言っても、じゃどうすれば良いの?ってことに対しての答えがでません。


話は変わりますが、最近、日本建築学会の「鉄筋コンクリート造配筋指針・同解説」を、拾い読みしていて、下記のような文言が目に入りました。

 抜取検査は、外観検査の結果が合格とされた圧接部を対象として、非破壊検査である超音波探傷試験または破壊検査である引張試験による検査により行う.
 超音波探傷試験では、~(中略)~、鉄筋継手部の検査において、工程や手順などの問題で仕様書どおりの検査が難しい場合があることが鉄筋継手協会から指摘されており、鉄筋継手の検査を適切かつ円滑に実施し、鉄筋継手部の品質を確保するために、①検査工程の確保と、②探傷に必要な走査範囲の確保について配慮することが必要である.
 引張試験による検査は、圧接部の健全性を確認すると同時に鉄筋材料の強度を確認できる長所があるが、実際の構造物で使用される圧接部を検査しているわけではないこと、検査ロットに対する抜取り数が低く品質の悪いレベルのロットを合格させる可能性があること、切り取った箇所の再圧接部の品質が劣るおそれがあること、試験結果をえるのに時間を要しその結果を施工管理に迅速にフィードバックできないので工事工程への支障が大きいことなのどの短所があることや、超音波探傷試験の普及により、採用されることが少なくなってきている。

あー、ちゃんと、ここに、わたしの感じていた疑問の答えが出てました。引張試験はやめて、超音波探傷試験にしろって事ですね~。なるほど、なるほど。
ということは、ガス圧接継手の超音波探傷試験について、勉強しなくちゃならんってことですね。

構造屋は、いつも何かしら勉強してなくちゃいけないところが、うっとしいところですが、面白いところでもあります。


余談ですが、RCやら鉄骨は、こんな風に、施工の問題点のフィードバックがちゃんと設計屋である構造屋の技術書にちゃんとお知らせしてくれてますが、、木造はそこんとこが甘いです。だから、D19以上の鉄筋径を使うのを躊躇してしまいます。木造を建てる工務店さんに「ガス圧接継手にして、ちゃんと超音波探傷試験してね」なんて言ったら、びっくりされちゃいますから、、、。

戸建て住宅は、置いてきぼりされてしまっていますよね。残念です。

それでは、また。

2024/07/01

構造屋の交流会 2回目の感想

「構造屋の構造屋による、構造屋の為の交流会」を定期的に開いています。

つい先日、2回目を開催しました。

とても楽しかったです。



参加者からは、「グダグダじゃないですか〜」と揶揄されてしまいましたが、そんなん言われても別に悪い気はしません。むしろ、内心ニンマリです。

なぜなら、進行なんかめちゃくちゃになって、グダグダになるくらい各々が意見を言える場になってこそ、私が思う、この集まりの意義に即してるからです。



よくある勉強のための講習会などに参加してみても、通り一遍な内容で、いまいちピンとこない思いをしていました。

もっと、実務に即した、ちっちゃいトピックを、マニアックかつディープに構造屋が集まって話せるような機会があればいいのになぁ~なんて思っていました。

そんな意味では、今回の2回目も大成功な会になったと思います😊



1人が蓄えることができる知識や経験なんて、たかがしれています。1人が持てる時間は有限なわけですから。

だからこそ、他人の知識や経験を傾聴したほうが、いいんじゃないかな~なんて思います。

そうすれば、自分の知識や経験に、プラスアルファ的に他人のも借りることができるので、お得じゃないですか?、、、お得って言う表現はちょっとあれかも知れませんが、まぁでも、正直、他人が苦労して得た経験は対価なしに貰えるほど世の中甘くないですから。


でも、なかなか自分の意見を話さない人が多いんですよね。出し惜しみなのか、単に恥ずかしいのか、それとも思慮深く熟考したうえで発言するタイプなのか、、、。

とにかく日本人は、そんなタイプの人が多いような気がします。


なので、集まっても、どうかな 、、、みんな自分の意見を出してくれるだろうか?なんて心配していたんですが、フタを開けてみれば、そんな心配する必要なんて無かったようです。

結構、みんな言いたい放題でした~。まぁ、ようは進行無視したグダグダ感満載の集まりといえば、そうなんですが、ハハハ。


なかなか、こんな風な構造屋の集まりはないと思います!

参加してみたいな~なんて思ったら、気軽に下からお問い合わせください😊


構造屋の構造屋による、構造屋の為の交流会

メンバー募集のお知らせ 詳細は→ここから

2024/06/02

木造の吹抜け

わたしは、吹抜けが嫌いです。

正確に言うと、「吹抜け」自体が、嫌いなわけじゃないんです。


個人的には、吹抜けのあるお家は、「わぁ、すてき~」と思います。

お家を建てるってことは、一生住むことになる空間を作るわけですから、後悔のないように夢いっぱいの素敵な家にすればいいと、個人的には思います。


大きな吹抜け空間があると、素敵ですよね?

でも、「大きな吹抜けのある素敵な家」と「地震に強い家」は、両立しません。

そこには「吹抜け」と「耐震性」とのトレードオフの問題が存在します。

吹抜けが大きくなればなるほど、耐震性が脅かされることになる。

そのことを、どれくらいのお施主さんが、建築士から説明してもらっているのでしょうか?



最近、知人の意匠屋さんに相談された話です。

床面積1/5くらいの吹抜け空間があり、4隅に火打ちが配置されている意匠図面でした。

初見では、まぁ、大丈夫だろうと思ったのですが。。。


よくよく話を聞くと、2階の床のほとんどに、合板を貼らない計画にすると言います。

2階床梁の上に直接、床仕上げ材の無垢の小幅板を貼る計画にするのだそうです。

その計画には根太さえありません。

合板を貼ってから、その上に小幅板を貼るのでは、ダメなのですか?と問いたら

1階から見上げた時に、2階の無垢の小幅板を表しにしたい。とのこと。

古民家風にしたいと、施主の強い要望があるのだそうです。


わたしは、「そうですか、、」と、どうしたものかと、図面を見直しました。

小幅板を貼る面積と、吹抜けの面積を合わせると、3/4以上になります。

これでは、2階建てと言うよりも、キャットウォークのある1階建てと一緒です。

これは、なかなかどうして、やっかいだな、、と、思案して黙っていると、


「小幅板は、けっこう厚いのを使う予定なのよ、32㎜だったかな~。これだけあれば大丈夫でしょ?」

意匠屋さんが、何を言っているのか、分かりせんでしたが、どうやら小幅板が厚いから合板の代わりになると誤解しているようでした。

この誤解を解くのが、また大変でした。わたしは、もともと説明が上手な方ではありませんから、、、。

でも、なんとかかんとか「構造的には、2階のほとんどが吹抜け空間になってしまう」ということを理解してもらえました。


「う~ん、だったら、火打ちを、ここと、こことに置けばいいかな?」

意匠屋さんは、図面の小幅板を貼る区画のところに、鉛筆で火打ちを書き入れました。

こんな大きな吹抜けに、多少の火打ちを置いたところで、焼石に水程度なのですが、、、。

「そうですね、、、それもいいですが、ところで、外壁の耐力壁は何を使う予定ですか?」

「たしか、1.0倍くらいの奴かな~、壁量計算では一応、OKなんだけど、、」

「もっと、倍率の大きい耐力壁を使った方が、いいです。この建物は豆腐のように柔らかいので、せめて外壁で固い殻を作ってあげた方がよいと思いますよ」

「倍率の大きい耐力壁って、どんなのがあるの?」

「え~と、このメーカーのですね、、、」

メーカーのサイトを、いくつか見せながら、なんとか外壁の耐力壁を変更する方向に話をもっていったのだが、意匠屋さんの様子からして、あまり乗り気ではないようでした。

壁量は足りているのに、なぜ変更する必要があるのか、その意匠屋さんにとっては、納得できないようでした。


今回のような、「吹抜け」と「耐震性」のトレードオフの問題を、意匠屋さんに説明しなければならないようなときに、うまく説明できて意匠屋さんの理解を得られた試しがないです。

わたしの説明の力がないせいかもしれませんが、、。

そのため、結局、構造的にはある程度の妥協をしつつも、ある一定の「耐震性」を担保するため、なかば強引に「こうしてください」とあれこれと変更を強要するようにした結果、意匠屋さんからは不興を買うことになることが多いです。


仕事といえども、人間ですから、人に嫌われるのは嫌です。

意匠屋さんの不興を買うことなく、できたら平穏に仕事をしたいです。

ですが、「吹抜け」があるとき、大抵は意匠屋さんと戦うことになってしまいます。

人と戦うのは、エネルギーを使うので、しんどいんですよね。。。

だから、わたしは、吹抜けが嫌いです。


蛇足ですが、「吹抜け」と「耐震性」とのトレードオフの問題について、意匠屋さんからお施主に、どれくらいの説明がなされているのでしょうか?

構造屋から、いくら説明しても意匠屋さんからは、不興を買うだけです。

ということは、、意匠屋さんから、まともにお施主さんに伝わっているとは、到底思えません。


わたしの、嫌いだの、しんどい、などの問題だけの話で済めば良いのですが、、、。

「吹抜け」と「耐震性」とのトレードオフの問題、もうちょっと、世間一般に認識されるべきなんじゃないんでしょうか、、、。


それでは、、また。

2024/05/18

お知らせ メンバー募集 

お知らせ メンバー募集

 

構造屋の集まりを開催します。

場所は、横浜駅近くです。

日程は、6月下旬です。夕方、2時間程度を予定しています。

参加費は、200円程度です。

雰囲気的には、構造屋さんが集まったサークルみたいな感じです、楽しいですよ😁

詳しくは、こちらまで。


エンジョイ!構造!

2024/05/11

木造の構造設計をする為に、プレカットCADの導入を検討してみる

木造の注文住宅の構造設計は、「いばらの道」です。

壁量が足りてる、足りてない、等級1とか、等級2とか、

そんなことの前に、「構造の架構が破綻している」、つまり架構を組めない案件ばかりです。

なので、構造計算の前に、組める架構にすることに、労力が削られることが多いです。


わたしが使っている木造の構造計算ソフトは、構造EXです。

構造EXは、構造計算ソフトとしては優秀ですが、架構を組むためのソフトとしては、役に立ちません。

構造EXだけでなく、いわゆる構造計算ソフトは、RCやSや木造に関わらず、納まりを検討するためのものではないので、そんなことを求めていること自体がおかしいのかも知れません。

RCやSは、納まりを構造設計者が、図面で精査しつつ、まとめ上げていきます。

木造も、同じです。

結局は、わたしたち構造屋が、納まりを精査し、架構を決めていき、それを構造計算ソフトに架構入力をして、構造計算を行います。

ただ、木造の場合は、RCやSと比較して、部材の数が多いです。

部材の数が多いので、納まりを精査すべき箇所が増えます。

同じ規模面積なのに、RCやSに比べて、木造は納まりを精査する労力が大きいです。

労力が大きい割に、設計料金には反映されていないのが、木造の構造設計の業界のデメリットです。


常々、わたしは、木造の構造設計の労力の大きさに比べて、その対価が妥当ではないことに不満を感じています。

ですが、不満を感じつつ、手をこまねいていても、何も問題は解決しません。

問題を解決するために、考えられる方法は2つです。

・妥当な設計料金設定にする

・労力を小さくする


「妥当な設計料金設定にする」のは、限界があります。

ついこの間も、意匠屋さんに設計料金をもう少し負けられないかと言われてしまいました。

特段、高い設定でもなかったのですが、安く構造計算を受けているところと比べられてしまうと、わたしの提示した金額は高く感じてしまうのでしょうね。


では、残るは「労力を小さくする」方法しかありません。

先にも言いましたが、木造は部材の数が多いです。

そのせいで、納まりを精査することに大きな労力を費やす必要が出てきます。

「労力を小さくする」には、どうしたらいいのか、、。

その解になるかどうかは分かりませんが、試しに、プレカットCADの導入をしてみようかと思っています。


プレカットCADは、構造設計者の為の、CADではありません。

木材の加工の為のCADが、プレカットCADです。

ですが、納まりを精査したいと思った時、プレカットCADはかなり優秀なCADです。

3Dで納まりを検討しつつ、架構を組めたら、そのまま2Dの伏図・軸組図をサクッと作成できてしまいます。


ネックなのは、お値段です。

当然、何百万もするでしょう、、、。

わたしのような個人事業主が、おいそれとは手を出せません。


ところが、つい先日、プレカットCADの会社がサブスクを始めたと言います。

手の届く、お値段なら、試しに、導入してみようかと思ってます、、。

さて、どれだけの効果があるものか。

もし、プレカットCAD導入して、何かしら良い効果があったら、投稿してみようと思います。

では。

2024/04/21

読む公式 断面係数(3)

今回の「読む公式 断面係数(3)」は、「力と変形」について考えてみましょう!



力と変形


前回の「読む公式 断面係数(2)」では、「力」について考えてみました。

  • 「力」を加えれば、物体は必ず「変形」する。
  • 「どのくらいの力」なのかは、「変形」から知ることができる。

前回の内容を、復習してみましょう!

「力」を加えれば、物体は必ず「変形」する

ある棒があります。

ある棒に、「おもり」をぶら下げます。


ある棒は、変形(伸び)します。


「おもり」をぶら下げたら、棒が「伸びた」
非常に、シンプルな話ですよね?
「力」を加えれば、必ず物体は「変形」する、というのも、シンプルな話です。



では、これの逆を考えてみて下さい。
「変形」から「力」を知ることは、できそうでしょうか?

先ほど、「おもり」をぶら下げて伸びた棒の「伸びた時の長さ」をメモしておいたとしましょう。


別の棒を用意して、「おもり」をぶら下げて、棒が伸びた時の長さが、
あなたの手元にあるメモの「伸びた時の長さ」と同じ長さだった時、「おもり」がどのくらいの重さなのか、推測できますよね?

そうです、前に実験した同じ「おもり」と同じ重さで間違いありません。


「伸びた時の長さ」から、どのくらいの重さの「おもり」なのかが分かります。

これを言い換えてみましょう。

「変形」を知れば、「どのくらいの力」なのかが分かります。

つまり、

「どのくらいの力」なのかは、「変形」から知ることができるようになるということです。




変形の最終形は「壊れる」。(伸びて、伸びて、最終的にちぎれる)


ある棒があります。


ある棒に「おもり」をぶら下げます。


棒は伸びます。

もう1つ「おもり」を増やします。

棒はもっと伸びます。


もう1つ「おもり」を増やします。

棒はもっと、もっと伸びます。



いっぱい「おもり」を増やします。

棒は、伸びることができる限界を超えた時点で、ちぎれます。


「おもり(力)」が増えていくと、棒は伸びて、伸びて、最終的には、ちぎれてしまいます。

「変形」の最終形は、「壊れる」です。


どのくらいの力で壊れるのかを、どうやったら知ることができるのか?

この「読む公式 断面係数」で、何度も言ってきました。

断面係数は、ただの道具でしかなくて、

重要なことは「どのくらいの力で壊れるのかを、どうやったら知ることができるのか?」です。


・「どのくらいの力」なのかは、「変形」から知ることができます。

・「変形」の最終形は、「壊れる」になります。


「どのくらいの力で壊れるのかを、どうやったら知ることができるのか?」についての、が、これで出るような気がしませんか?

残念! 実は、解はでません!

なぜなら、棒がちぎれるかどうかは、棒の材質に左右されるからです!

棒が、ゴムだったら?
棒が、石だったら?
棒が、プラスチックだったら?

ゴム、石、プラスチックが、壊れる時の力は、当然、違いますよね?

ゴム、石、プラスチックの変形量(伸びた時の長さ)が同じだった時に、「どのくらいの力」なのかは、材質に左右されますよね?


結局、「どのくらいの力で壊れるのか?」を知ることはできないのでしょうか?

大丈夫です!

知ることはできますよ!

棒がちぎれるかどうかは、棒の材質に左右されます。

ゴム、石、プラスチック、、、。

物体の材質は、無数にあります。

それぞれの「壊れる」時の力があるので、「壊れる」時の力も無数に存在することになります。

ですが、建築に使われる材質は、無数ではありません。

建築で使う材質は3つかありません。

建築で使われる材料は、「コンクリート」と「鉄」と「木」しかありません。


「コンクリート」と「鉄」と「木」だけです。


無数にある材質のことなんか、忘れてしまって、

この3つの建築材料の「壊れる」時の力さえ、押さえておけば、良いわけですよね?

・「コンクリート」の棒が、変形して最終形態の「壊れる」時の力

・「鉄 」の棒が、変形して最終形態の「壊れる」時の力

・「木」の棒が、変形して最終形態の「壊れる」時の力



3つの材質の「壊れる」時の力が「どのくらいの力」なのかを知れば、

「どのくらいの力で壊れるのかを、どうやったら知ることができるのか?」についての、がでます!


建築材料が3つしかなくて良かったです、、。
とりえず、「コンクリート」、「鉄」、「木」の材質さえ、押さえておけば、建築のお仕事ができます。。。


まとめて「最大強度」と呼んでしまおう!

どのくらいの力で壊れるのかを、どうやったら知ることができるのか?
という問題の解として、

「コンクリート」、「鉄」、「木」、それぞれの「壊れる」時の力を知れば良いのですが、困ったことに、3つの材料の「壊れる」時の力は、それぞれ違います。

断面係数は、「コンクリート」にも「鉄」にも「木」にも、共通して使いたい道具です。
なのに、それぞれの「壊れる」時の力が違うと、共通して使えそうにありません。

多少、強引ですが、そういう時は、3つをひっくるめて、「最大強度」と呼んでしまいましょう!

「最大強度」という1つの言葉に、「コンクリート」も「鉄」も「木」も含ませてしまいます。

強引ですよね、いいんでしょうか?
いいんです、構造なんて、こんなもんです。
ちょっと便利に使いたいなぁ、って時に、ご都合主義に、好き勝手にやっちゃうのが構造です。

ちっさいことは、気にしないのが、構造の勉強のコツです。

それでは、また。

次回は、「読む公式 断面係数(4)」です。

2024/04/18

読む公式 断面係数(2)

前回の「読む公式 断面係数(1)」でも、言いましたが、

「断面係数」は、ただの道具です。ただの道具である「断面係数」に意味は、ありません。

重要なことは、「どのくらいの力で壊れるのかを知る」ことです。


また、壊れ方には種類があるとも言いました。下の4つです。

  • 引張って、ちぎる。
  • ぎゅうぎゅうに上から押して、つぶす。
  • のこぎりでギコギコ、切る。
  • 棒の両端を持って曲げて、折る。

その内の1つである「どのくらいの力で曲げれば、折れる(壊れる)のか」を知るための道具が「断面係数」になります。



「曲がる」を「圧縮・引張」に変換して考える

断面係数」は、「どのくらいの力で曲げれば、壊れるのか」を知るための道具です。

では、「曲がる」とは、どういうことなのか?

前回、「曲がる」ということについて、深く考えてみましたよね?

大事なことなので、もう一度、「曲がる」ということについて、復習してみましょう!


「曲がる」というのは、ある直線のものが、曲線状に変形することです。


曲線状に変形させるには、どうしたらいいのか?

普通に考えれば、両端を持って曲げたり、おもりを載せたりします。

でも、それ以外に曲線に変形させる方法があります。

上端を押して(圧縮)、下端を引張れば(引張)、同じように、曲げ変形させることができます。



「曲がる」現象は、圧縮と引張で考えることができるというわけです。

そうすると、「どのくらいの力で曲がって、壊れるのか?」は、

「どのくらいの力で引っ張れば(押せば)、壊れるのか?」に、

置き換えて考えることが可能になります。


「曲がる」よりも、「圧縮・引張」で考えた方が、ずっとシンプルになります。


「断面係数」は、「曲げ」を検討するための道具ですが、直接「曲げ」にアプローチするのではなく、一旦「圧縮と引張」に変換してから、アプローチする手段をとっている道具です。


冒頭で、壊れ方には種類があると言いました。下の4つです。

  • 引張って、ちぎる。
  • ぎゅうぎゅうに上から押して、つぶす。
  • のこぎりでギコギコ、切る。
  • 棒の両端を持って曲げて、折る。

その内の1つである「どのくらいの力で曲げれば、折れる(壊れる)のか」を知るための道具が「断面係数」になります。


「断面係数」は、「曲げ」を検討するための道具ですが、直接「曲げ」にアプローチするのではなく、一旦「圧縮と引張」に変換してから、アプローチする手段をとっている道具です。


そのため、4つの壊れ方の種類の内、「ちぎる(引張)」と「つぶす(圧縮)」を考える必要があります。

  • 引張って、ちぎる。
  • ぎゅうぎゅうに上から押して、つぶす。
  • のこぎりでギコギコ、切る。
  • 棒の両端を持って曲げて、折る。

 

「どのくらいの力」を「どのくらいの変形」に変換して考える


「曲がる」現象は、圧縮と引張に変換して考えることができると言いました。


でも、待ってください。


曲げられた曲線を、 「圧縮と引張」で再現するとき、「どのくらいの力」を加えれば、同じ曲線を再現できるのでしょうか?




「力」というのは、目にすることができません。

身体を誰かに押されるとか、引張られるとかすると、「力」を感じることができます。

強い力で押されるとか、そっと押されるとかの、「力」の強弱も感じることができます。



自分自身が「力」を受けるなら感じることができます。

ですが、物体が「力」を受けている場合になると感じることはできません、当然の話です。

だったら、物体が「力」を受けている場合は、どのようにすれば「力」を感じることができるのでしょうか?

答えは、簡単です。


「力」を加えれば、物体は必ず「変形」する。


この事実を知っていれば、「力」を感じることができます。

感じるだけじゃなくて、「どのくらいの力」なのかを「変形」から、知ることもできるようになります。


「ある棒」があるとします。


その「ある棒」に、「おもり」をぶら下げるとします。


「ある棒」は、変形(伸び)します。


「ある棒」が伸びる、この伸びたときの長さを計って、メモしておいたとします。


ここまでのことを、忘れてください。

「ある棒」のことも、「おもり」のこともです。

でも、あなたの手元には、「伸びた時の長さ」をメモした紙が残っています。


さて、問題です。

「ある棒」があります。

「ある棒」に「おもり」をぶら下げました。

「おもり」は、どのくらいでしょうか?

ヒントとして、「伸びた時の長さ」を図示します。



あなたは、「伸びた時の長さ」のメモを持っています。

そのメモの「伸びた時の長さ」と、ヒントである「伸びた時の長さ」が同じです。

だったら、問題の「おもりはどれくらいでしょう?」の正解は分かりますよね?



「力」を加えれば、物体は必ず「変形」する。

この事実を知っていれば、「力」を感じることができます。

感じるだけじゃなくて、「どのくらいの力」なのかを「変形」から、知ることもできるようになります。





さて、冒頭の話に戻りましょう。


曲げられた曲線と、 「圧縮と引張」で再現するとき、「どのくらいの力」を加えれば、同じ曲線を再現できるのでしょうか?



これについての、答えが、おぼろげながら、推測できませんか?


先ほど、「力」について考えてみました。

  • 「力」を加えれば、物体は必ず「変形」する。
  • 「どのくらいの力」なのかは、「変形」から知ることができる。


だったら、下の図の「短くなった部分」と「長くなった部分」に着目すれば、曲げられた曲線を「圧縮と引張」で再現するとき、「どのくらいの力」を加えれば、同じ曲線を再現できるのか、推測できそうじゃありませんか?





なんか、 「曲がる」曲線を「圧縮・引張」で再現できそうな気がする

そんな気がしてきたでしょうか?

この「できそうな気がする」が、大事なんです。


とりあえず、目的を達成できそうな道があるので、その方向で考えてみる。


構造の勉強するには、このくらいの軽い気持ちが、ちょうどいいです。

正解じゃなくても、正解に近いかなぁ、ぐらいが構造を理解するには、早道だったりします。


今回は、ここまです。

次回の「読む公式 断面係数(3)」は、今回考えたことをさらに深堀りしていきます。


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